2010年05月18日

民事系大々問:設問4

民事系大々問の設問4。

平たく言えば、既判力の時的限界の話ですね。

まず、請求の放棄は、調書に記載された時点で生じます。条文にある通りです。

法律構成Aによると、訴状レベルで既に請求の一部である1500万円分を放棄する旨が示されていると解釈することになります。となると、第1訴訟の第1回口頭弁論期日である平成19年7月27日に、訴状の内容として上記の旨が陳述されて調書に記載され、既判力の時的限界が画されることになります。(わざわざ第1回口頭弁論期日の日付が書いてある理由はここにあります)

となると、翌年の平成20年3月15日の弁済は、当然時的限界の後の話なので、遮断されません。Aにとっては嬉しい結果です。

一方、法律構成@によると、訴訟物自体が2000万円全額になるので、1500万円分の時的限界も事実審の口頭弁論終結日である平成20年4月11日となります。

となると、3月15日の弁済は、時的限界の前の話なので、遮断されてしまいます。Fにとって嬉しい結果です。

この日付の関係さえ分かっていれば、設問4は一通りは書けるんじゃないかと思います。

まあ、正直、問題を見た瞬間は全く出題の意図を掴めず、大量にある問題文のヒントを使ってようやく出題意図に気付いた次第です(汗)。
posted by 佐藤誠 at 01:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

論文:憲法

憲法の論文で、平等権とかを書いている人がいるようで驚きました。正直、全く考えもしませんでしたから。

まあ、何を書いても良いとは思いますが、自分としては、今年の憲法の問題のメインテーマは、いわば「超」生存権だと分析しました。

 まず、そもそも何が「超」なのかというと、生存権は特殊な性質があって、限定された状況では最強の人権になりうるからです。

確かに、生存権は通常は弱い権利です。普段はそもそも具体的権利性すら認められない位です。

しかし、とある立場によると、国民が文字通り生死を分けるような危機に陥ると、その国民の持つ生存権の性質は一変することになります。

生存権の行使を認めないと死んでしまうような局面で、生存権の行使を認めなかったら、そりゃまあ論理的には死んでしまう訳ですよね。つまり、この局面では、生存権の制約=「死ね」という繋がりになってしまう訳です。

そうなると、この具体的な場面における生存権は、個人の尊厳の中核であり上位概念とも言いうる、「人の生命」そのものを「直接的に」保護する最も重要な役割を有していることになります。

「人の生命」というものは、あらゆる人権の源泉であり前提です。平たく言えば、死んでしまったら表現の自由・思想良心の自由・信教の自由・etc...の精神的自由権も必然的に失われます。もちろん、経済的自由も参政権等々も同様です。

とすると、この局面では、生存権は、ある意味、全ての人権の力を併せ持つ究極の人権へと覚醒する訳です。この生存権を制約すれば、あらゆる人権が同時に根こそぎ制約されてしまう訳ですから、その意味で「超」生存権となります。安っぽい言い方ですが、万能・最強です。

 となれば、今年の問題の事案で、Xが主張すべき人権はこの「超」生存権一本でOKです。前述のように、あらゆる人権の力を併せ持つ最強の切り札なのですから、これさえ言えば必ず最も厳格な基準へ一直線です。他の人権が持つ違憲審査基準を厳格化する要素を片っ端から兼ね備えているのですから、緩めようがありません。むしろ、絶対無制約にならないだけでも譲歩しているくらいです。

また、厳格な基準を立てたところで、この「超」生存権を制約することを正当化するような当てはめは今の日本では事実上不可能です。日本全体が貧しくなって「金がなくてどうしようもないから餓死してくれ」と言わざるを得ない極限状態に陥れば、また話は別ですが。

となれば、Xはこの「超」生存権が認められた瞬間に、圧勝間違い無しです。これを主張しない手はありません。

そして、この「超」生存権の発動条件を満たすために、Xの苦境が延々と書いてあるのかなと自分としては分析していたりします。死の瀬戸際までいかないと覚醒してくれない人権ですからね。

あとは、被告側は何としてでもこの「超」生存権を否定しようと法律論を工夫する訳です。認められたら負けですから、法律論レベルでそもそも認めない見解を出すしかありません。(知識はありませんが、通説はむしろ被告の方のような気も)

 そして、このように考えると、例年の傾向とも一致します。営利的表現の自由、消極的表現の自由、先端研究の自由…と、人権問題を出すときには何かをひねって出題してきている訳ですが、今年については生存権をひと味ひねった「超」生存権を出してきているのだと思います。

ちなみに、「営利的」表現の自由のように他の人権は大抵はひねりを加えることで違憲審査基準が緩やかになりますが、「超」生存権はその逆でひねりが加わることで違憲審査基準が厳しくなる訳です。その意味で、なかなか興味深い問題だったと思います。

また、こう考えると今年の問題はかなりシンプルな構造になってくれます。前半は生存権一本でOKですからね。
posted by 佐藤誠 at 00:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

交換終了

ハブの故障で自宅からインターネット接続ができなくなっていたのですが、無事に交換が終わったとのことで、またインターネット接続ができるようになりました。

まあ、ここ数日間は不便ではありましたが、勉強に集中できたという意味では、むしろ良かったのかもしれません。

ということで、もう試験まで残り数日ですし、このままインターネットの利用を断って、勉強に専念することにすることにします。

ですので、あとはもう試験が終わるまで更新も停止します。
posted by 佐藤誠 at 13:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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